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正しくは昭和のジュラ紀です。
この言葉は井上誠氏の「ゴジラ伝説供廚離ぅ鵐好箸紡静跳岼貉瓩書かれたものです。
この文章はすごく印象的で、目頭が熱くなったのをいまでも覚えています。
ここに少しご紹介したいと思います。

かつて、昭和のジュラ紀とでも言うべき、まったく不思議な時代が存在した。先の大戦の混乱覚めやらぬ昭和20年代の終わりの頃の事である。世界の戦勝国が核武装に躍起になっている間に、我国は驚くべき意欲で復興の道を歩いていた。訪れようとする繁栄の昭和30年代の足音をヒタヒタと聞きながら、人々は朝から晩まで大変によく働いたものである。
楽しみは何と言っても週に一度日曜日に行く映画館、悲しい恋に涙を絞る人もあれば、大胆なスリルに胸躍らせる人もいた。数々の大俳優大女優たちの織りなすモノトーンの夢の世界は、観る者の心を熱くときめかさずにはおかなかった。
そんな昭和29年の銀幕、突如太古より蘇った一頭の巨大爬虫類が、その圧倒的エネルギーで全世界を震撼させたのである。
大怪獣ゴジラは、力感溢れる巨大な大腿骨をゆさぶりながら、背鰭をマグネシウム光のように燃え立たせて、あたかも昭和20年代を、戦後の混乱を、復興間もない大都会をフィナーレとして、その灼熱の火炎放射で焼き尽くし、白黒のスクリーンの中を縦横無尽に所狭しと暴れまくった。まさに昭和20年代に引導を渡し、輝ける黄金の昭和30年代への幕を切って落としたのは、大怪獣ゴジラであり、ゴジラを創りあげたエネルギーであった。
その時より、東宝映画特撮陣の創造する昭和のジュラ紀が始まったのである。
世界恐慌の末期に、ニューヨークに現れた巨大類人猿キングコングが新しい時代に向けて、その胸を打ち鳴らしたように、ゴジラの登場は、時代の変わり目の一つの象徴的な出来事であった。ゴジラの後を追うように、奇しくも日本経済の状況がどんどん登りつめて行き、完全に行き詰まるまでの十数年の間の一時の幸福な時代に、高度成長の力の象徴としてか、それとも豊か過ぎる文明への警鐘としてなのか、様々な巨大生物達が放射能の恐ろしさを、人類の崩した自然界のバランスの呪いを唱えながら突然変異を繰り返し、暴風雨吹き荒れる南洋の深海より、オーロラ漂う極北のクレヴァスより、銀河さんざめく神秘の大宇宙より、次々と生まれ出でて我々の行く手に立ちふさがり、首都東京を、日本全土を、世界全土を、幾度となくその神聖なる力の下に蹂躙し猛威をふるい続けた。
        中  略
怪獣達は、戦い続けた最後には、宿命のごとく、人類の科学力の前にその隠し持った弱点をあばかれ、鋼鉄のメカニカルな新兵器にその生身の肉体を無惨に焼かれ、鱗を撒き散らしながら、動脈から静脈から、鮮やかな血液を洪水のように流し、筋肉をひきつらせ、白き骨までも粉々に打ち砕かれて、断末魔の咆哮を残し、痛々しく苦しみながら、大地にその聖なる魂を帰していった。
すでに、ゴジラから30年の月日が流れた。
        中  略
2枚の「ゴジラ伝説」というレコードが、遠い時間の偉大な夢の破片であり、破片ゆえにキラキラと鋭利に尖り、現代の凡庸な暮らしの中にくさびのように深々と打ち込まれて行く事を祈らずにはおれない。
かつて昭和のジュラ紀は美しき日々であった。
                        (昭和58年  冬) 

私は昭和のジュラ紀をリアルタイムで体験できたことを誇りに思います。