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Chapter58 『鐵の柩』
   周囲の空気はまるで沈殿しているように重く粘く全身にまとわりつく。足下は海藻類と思われる粘着質のヘドロでぬかるみ、鼻をつく腐敗臭が立ちこめている。チムニーから吹き上げる生臭い蒸気が充満し、防毒マスクを装着していても息苦しい…前方に不気味にそびえ立つ神殿までの数百メートルが無限の距離に感じられた。

   淺黃は無言で先頭を進んでいく。まるで自分のテリトリーを行くようにその歩みには少しの迷いも感じられない。風貌は淺黄であるが、まったく別の人格であることは千里にも真弓にも理解できた。
   上空はすっかり闇に包まれている。しかし磐舟本体の放つ燐光で、あたりの地形は照明がいらないほど一面青白く照らされ詳細に地形が判る。一行はくるぶしまで浸るほどのヘドロを注意深く踏みしめながら、ゆっくりと燐光に浮かび上がる漆黒の宮殿に近づいていった。

 磐舟全体が絶えず小刻みに振動し、まるで呼吸しているかのようにチムニーから規則的に蒸気を噴き出す音が不気味にあたりに響いている。 宮殿の麓、伊-374潜の残骸が眼前に見えたとき、一行の四方からまるでザワザワと大雨が降る音のような騒音を立てながら、大量の何者かがヘドロ溜まりの中を迫ってくる気配がした。
   後方を警戒していた2名の隊員が突然、絶叫してその場に倒れ込む。すると鋭い歯牙を持ったエイリアンのような黒褐色の細長い生物の群れが、ヘドロ溜まりから折り重なるように這い上がり隊員の身体を瞬時に覆い尽くす。全身から鮮血が吹き出し、数秒後には皮膚も筋肉も食い尽くされ白骨が露わになった。残った護衛隊員たちは恐怖のあまりM-60を辺り構わず乱射するが、あまりに大量の怪生物の群れにはまったく効果がない。隊員たちはなすすべも無く、餌食となってヘドロの中に沈んでいった。

「私から離れないで!」

 淺黃は大声で叫ぶと、天羽々斬で行く手の群れをなぎ払いながら、伊-374潜の船体の亀裂から素速く艦内へ身を隠した。千里も真弓も懸命に後に続く。しんがりの櫛田がM-60で3人を援護しながら手榴弾を使って、生物の群がるヘドロ溜まりを吹き飛ばした。四散した大量の死骸が雨のように櫛田に降り注ぐ。さすがの櫛田も強烈な異臭に耐えきれず思わず嘔吐した。
 しかし一瞬の間をおいてまたザワザワと音を立て、まるで洪水が押し寄せるように再びおびただしい数の群れが迫ってくる。
「こりゃキリがないわ!早く中に逃げろ!」
   櫛田の指示に従い、3人は朽ちた伊-374潜の内部へ退避する。櫛田と5名の護衛隊員のうちゆいいつ生き残った小南三曹が、後方を警戒しながら後に続いた。

   深く錆びに浸食された艦体は触れるとボロボロと剥がれ落ちる。不安定でいつ崩落するかもしれない足下の床版に神経を集中しながら、5人は上部艦橋方向に脱出するルートを模索し、暗闇の中を注意深く前進していった。背後ではあの怪生物の大群がのたうち蠢く音がかすかに聞こえてくる。5人は背筋に戦慄を感じながら暗く狭い通路を進んでいく。

 暗視ゴーグルを通して見た狭い通路の脇には、旧帝国海軍の水兵や士官と思われる白骨が折り重なるように散乱していた。普通の女性なら恐怖で失神するような凄惨な情景であったが、千里も真弓も驚くほど冷静で、むしろ櫛田と小南の方が息が荒く、緊張しているように見えた。この深い暗闇の中で70年間、静止していた時間が4人に重くのしかかる。

   淺黃は終始無言だったが、伊-374潜の事件については、千里も真弓も米森からあらかじめ報告を受けていた。70年前、終戦間近に南太平洋の海底で朝倉辰興はこの艦の乗組員全員を犠牲にしてまでいったいなにを目論んでいたのだろうか。もうすぐその答えが解き明かされようとしている。淺黃の中の緋巫女は、すぐ近くに辰興…天叢雲の気配を確実に感じ取っていた。

   ふいに、小南三曹の背後に横たわっていた白骨の虚ろな眼窩から、黒褐色の怪生物が無数に這い出してきた。
「ヒィ~!」
  小南三曹が声にならない悲鳴を上げる。数匹の怪生物が三曹の喉元へ素速く這い上がり頸動脈に鋭い牙を突き刺す。勢いよく吹き出した鮮血が狭い通路の壁を赤黒く染める。倒れた小南の身体はあっという間に怪生物に覆い尽くされた。
「こんなとこまで巣くっていやがったのか!」
 櫛田はM-60を乱射し、白骨の横たわる床版を落下させると、残った生物を狙撃しながら千里たちを通路の上方へ誘導した。

 マシンガンを持った櫛田の左腕に数匹の怪生物が食らいつく。淺黃が羽々斬ではらうと、切断された生物はいとも簡単に溶けるように消滅した。羽々斬の青白い光はますます強くなっている。
 「大丈夫ですか?早くここから脱出しましょう」
   淺黃の声は、感情的な抑揚がなく、まるで別人というよりは人ならざるものの声のように聞こえた。

   櫛田が艦橋の側面にあるハッチを蹴破ると3人は次々に傾いた上部甲板に脱出した。すぐ目の前に葬祭殿につながる急勾配の階段が、壁のように立ちはだかっている。
 淺黃は、ヒラリと身軽に階段に跳躍した。千里は一瞬躊躇したが、後方からザワザワと迫り来る不吉な音がだんだん大きくなるにつれ、覚悟を決めて淺黃に続く。
「すまん!」
 櫛田は背後から真弓を小脇に抱えると、千里に続いてダイブするように階段上に飛び降りた。そして素早くハッチの中に手榴弾を投げ込む。鈍い爆発音がこだまし、立ち上がった火柱があたりを照らし出す。

「はやくてっぺんへ!」
   櫛田が再び叫ぶ。ヌルヌルとして脚をすくわれそうな暗緑色の泥濘に覆われた階段を、4人は一心不乱に駆け上がった。見上げると神殿の頂上には人が構築したとは思えない不気味なモニュメントが四隅にそびえているのが見える。それはニネヴェの遺跡にあったヤイゲルセラビムを封印する悪魔の笛の塔に似ているようにも思えた。しかし突端の彫像はすべて微妙に形状が違っている。

   神殿の頂上にたどりついた千里と真弓は、装着した防毒マスクの奥で息を弾ませその場に膝をついたが、淺黃と櫛田はまったく疲れた様子もなく2人をかばうように周囲を警戒していた。
 ふいに淺黃が羽々斬を構える。眼から優しさが消え、ギラギラとした鋭い殺気を放っている。首に付けた4つの曲玉がひときわ鮮やかに輝く。まもなく4本のモニュメントの中央にある葬祭殿の方向から2人の男女のシルエットがゆっくりと近づいて来るのが見えた…

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アイデアが思い浮かばず、ちょっと時間が空いちゃいましたが
妄想小説モドキ再開デッス

いよいよ緋巫女と天叢雲&井氷鹿の対決が迫ってきました
そしてふたりの娘出石(綾奈)はどうなっちゃったんでしょう
はたして天磐舟の謎は解けるのか
蒼龍王シアンキングと黒霊亀ガメラはいずこ
風雲急を告げる次回に乞うご期待

PS:ちなみに画像は有明海特産の珍味ワラスボの干ものデッス
めっちゃグロいけど美味いそうですよ~ダハハ