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Chapter61 『磐舟崩壊』
   千里と真弓はステップを覆う粘液質の藻類に足元をすくわれないようお互いの体を支えあいながら葬祭殿の地下、二枚の巨大な石板で作られた扉の前にたどりついた。
   ライトの光に照らされた扉の影から、スリムな人物ならどうにか横向きになって通りぬけることができるほどわずかな隙間が開いていることが視認できる。
   扉にもたれかかるように朽ちた旧帝国海軍の軍服を着た無残な骸が横たわっていたが、二人ともこの状況下ではなんのためらいもなく骸を排除すると隙間から石室の中へ進入した。

   諏訪湖が近づくにつれ2頭の巨獣の闘争はますます激しさを増し、磐舟を揺さぶり崩壊を加速させていた。ガメラに食いちぎられた蒼龍王の左肩は急速に再生し、戦闘力の低下はほとんど認められない。どうやらネオニュートロン火球の直撃を受けない限り、旺盛な細胞の再生機能が衰えることはないようだ。
 一方ガメラも先の2頭の個体に比べると運動能力、攻撃力とも数段上回っていることが見て取れる。GⅠは蒼龍王にほとんど一方的に圧倒され、GⅡも蒼龍王より若干戦闘能力の劣ると思われるジャイガーに苦戦した。防衛省の特殊巨大生物戦略局の分析では4体の神獣の中で蒼龍王が攻撃力、防御力とも傑出しており、ガメラの戦闘能力では蒼龍王に決定的なダメージを与えることができないと結論づけていた。
   しかし、いまの戦況はほとんど互角、勝敗の行方はまったく予想できない。2頭の巨獣はいったん距離をおくと、両雄とも攻撃を仕掛ける機会をうかがって長いにらみ合いを続けている。

   葬祭殿の中心は正方形の大きな石室になっていて、壁全体が八束の岩屋に酷似したグロテスクなレリーフで覆いつくされている。そしてすべてがニュートリノと反応してこの世の物とは思えない妖しい燐光を放っている。
「あれだわ!あれに羽々斬を!」
真弓が指さす石室の中央、4体の神獣に似せた石像に囲まれた祭壇に頂上が水平に切り取られている高さ1mほどの釣鐘状の岩座が確認できる。以前米森が黒霊珠を発見した祭壇に他ならない。
千里は羽々斬を真弓に預けると守部文書の記述どおり、蒼霊珠、白霊珠、朱霊珠、黒霊珠…四神獣の像の額部分にうがかれたくぼみにそれぞれの霊珠を納めると、羽々斬が復活したときより何倍にも増幅した四色の異なった光がそれぞれの像の眼から放たれ、岩座の頂上に収束した。すると祭壇の中心から羽々斬を納めるためのまばゆい光の鞘が出現した。
「これで準備完了。真弓羽々斬をちょうだい!」
真弓から羽々斬を受け取ったそのとき、黒い大きな影が真弓の体をはじき飛ばし、千里に正面から覆い被さった。
「そうはさせない。磐舟は我々土蜘蛛の一族のものだ。天磐門はおまえたち人間が開くことはできない。羽々斬は忌まわしい緋巫女と我が子出石姫の造反によって悠久の時間、我々の手の届かぬところに封印されていた。羽々斬を蘇らせることは緋巫女の末裔たる守部の一族しかできない。天の意思か図らずもおまえたち愚かな人間が蘇らせた。そしていま時は満ちた。いまこのとき、羽々斬の力によって大いなる天磐門が開き、現世は我々の元に返る」

 その漆黒の人の形をしたものは千里を押さえつけ 羽々斬をその手から奪いとろうとする。暗く濁った声のトーンから変わり果てた井氷鹿のなれの果てであることがかろうじて理解できた。
 「千里さん羽々斬をこちらへ!」
   千里は渾身の力をこめて井氷鹿の腕を振り払うと、声のした方向へ羽々斬を投げ捨てる。それを素早く拾い上げたのは、再び淺黃の体を依巫とした緋巫女だった。

 緋巫女は、羽々斬を振りかぶるとかつて井氷鹿であったものを真っ二つに切り裂く。黒い影はこの世の物とは思えぬ禍々しい声で彷徨するとまるで霧のように消滅した。しかし石室に敷き詰められた石畳の隙間から何体もの同類がわき上がってくる。井氷鹿の細胞は分裂、増殖を繰り返し、もはや人の心も持たぬ無数の怪物に変貌していた。
 緋巫女は羽々斬で怪物を次々となぎ倒す。しかしいったん消滅したかと思うと、石室の隙間から新たな怪物がムクムクと頭をもたげる。しかし緋巫女はまったく心を乱すことなく次々と怪物を切り捨ててゆく。  
「鞘に納めてはだめ!今このときを待っていた!いまなら大丈夫、羽々斬で神像と岩座を破壊して!」
   緋巫女はふたたび羽々斬を千里に投げ返した。井氷鹿の鋭い触手が防御する武器を失った緋巫女の体を無情にも貫く。
「淺黃さん!」
千里の眼前で緋巫女は寂しそうに微笑むと光のしずくのように四散し消滅した。
「うわァ~っ!」
  千里は怒りと悲しみに身をまかせて神像と岩座に力一杯斬りつける。強固な岩石でできているはずの岩座も神像ももろい土のように土台から木っ端微塵に粉砕され、羽々斬の刃先も無数の光の破片となり砕け散った。
   細胞分裂した井氷鹿の分身もその破片の直撃を受けすべてかき消すように蒸発した。
  轟音とともに磐舟全体が崩れ始め、石室の天井からいくつもの大きな岩塊が落下してくる。千里は真弓を抱えると割れた石板の扉の隙間から脱出し、滑る階段を自分でも信じられないような早さで駆け上がった。

 「千里!どこにいる!」
   猛烈に立ち上る粉塵に遮られ視界がほとんど効かないが、階段の上方から聞き覚えのあるたくましい声が聞こえてきた。
千里の目から涙があふれる。
 「あなた!ここよ!!」
 
   貴幸は真弓を左肩に抱えると千里の手を握り、葬祭殿から数百メートル離れたところに着地しているグライダーに向かった。急激に浮力を失い失速していく磐舟の激しい振動で体が左右に揺さぶられる。その影響で蒼龍王の足元が大きく崩落し、不意を突かれ、甲羅状の岩塊に鋭い爪を立て転落はまぬがれたが、宙づりで身動きできない状態に陥った。一方ガメラもまた上空へ逃避するため飛行形態に変態しようとしていた。

   幸いなことにグライダーは無傷で、後席には止血の応急処置を施した櫛田が眠っている。千里は改めて貴幸を頼もしく思った。
「時間がない。いちかばちか少々揺れるが我慢してくれ!」
グライダーの機首から牽引用のアンカーが発射される。アンカーは眼前でまさに飛び立とうとしているガメラの甲羅の突端にかろうじて引っかかった。
ガメラの発進とともにガクンと大きな衝撃がグライダーを襲う。そのままガメラとともにいっきに上空へ急上昇すると、とてつもないGで千里は失神しそうになった。
   貴幸は高度と推進力が確保できるとアンカーをガメラから切断した。コントロールを回復したグライダーは、失速し降下していく磐舟の直上をゆっくりと旋回している。

 磐舟の周縁は止めどなく次々と崩壊を繰り返し、大きな岩塊が暗い闇の中へ雨のように落下していく。磐舟の進行方向には漆黒の闇の中に、巨大な裂け目から不気味な光の壁が林立するこの世のものとは思えない地獄絵のような情景が見える。光は諏訪湖の湖面に投影されますます照度が増しているようだ。
   グライダーの音声モニターから唐突に統合作戦本部中央司令室からの通信が流れてくる。どうやら磐舟から放出されている電磁波が弱まり通信が回復したようだ。
 「こちら高来貴幸、磐舟より脱出成功。生存者4名ただ重傷者がいる。近隣にどこか着陸できるところがないか指示をこう。なお磐舟は急激に高度が低下、このままではまもなく地表に落下すると思われる。ガメラは脱出、蒼龍王の存在は確認できない。以上」

 やがて、巨大な岩塊と化した天磐舟は分厚い水蒸気のベールを霧のように纏い、諏訪湖中央に崩れ落ちるように着水した。

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なんとかあと2,3章で大団円を迎えることができそうです
磐舟はついに諏訪湖へ墜落
ガメラと蒼龍王の闘いの結末は
千里たちの運命やいかに
風雲急を告げる次回に乞うご期待