



ファンの皆さんはよくご存じの何をいまさらの話題ではありますが、初期のウルトラ3作品…
とくに巨大ヒーローモノというジャンルを確立した「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」にはいくつかの不文律がありました。
1.サブタイトルに怪獣名を使用しない
「ウルトラQ」には「バルンガ」や「海底原人ラゴン」「ガラモンの逆襲」といった怪獣名が入ったサブタイトルが複数ありますが、「ウルトラマン」全39話、「ウルトラセブン」全49話にはまったく存在しません。ただウルトラマンに「ミロガンダの秘密」、セブンに「ノンマルトの使者」という、微妙なサブタイトルが付けられてるエピソードはありましたですけど~
それどころか、劇中で固有名で呼ばれなかった怪獣も多々存在します。たとえばレッドキング…
あれだけメジャーな怪獣なのに、劇中名称で呼ばれたことは一度もなかったと記憶してます。
むしろ固有名詞で呼ばれた怪獣の方が少なかったかも~ほとんどが劇中では名無しでした
平成ウルトラシリーズに登場すると、昔の名前で呼ばれてましたですけど~www
2.ウルトラマンは必ず怪獣1体と対決する
「ウルトラマン」には複数の怪獣の登場するエピソードがいくつかありましたが、ウルトラマンと戦うのは必ず1体だけでした。「怪獣無法地帯」「怪彗星ツイフォン」ではレッドキング、「悪魔がふたたび」ではアボラス、「小さな英雄」ではジェロニモン、「宇宙船救助命令」ではキーラ…
他の怪獣は怪獣どうしの闘争で敗れるか、科特隊の新兵器で退治されました。
ウルトラマンの活動時間を3分に制限されているので、脚本でそうなるようプロットしてるんでしょうね。ただそうすることによってかえって怪獣のアイデンティティが生かされてたと思います。
ウルトラマン対マグラとか…対ギガスとか見てみたかった気もしますけど~www
余談ですが、初期の怪獣たちは動きが擬人化されておらず、動物っぽくて愉快だったですね。
「怪獣無法地帯」でチャンドラーと戦うレッドキングはまさに野獣です
それがだんだん人間っぽい行動パターンに変わってくるのが、子ども心に残念でした…
3.ウルトラセブンで怪獣を操る宇宙人は自らは直接セブンと戦わない
「ウルトラセブン」では怪獣を操る星人は巨大化して直接セブンと戦うことはありませんでした。
シャドウ星人、シャプレー星人、ザンパ星人、ゴース星人…etc
ゆいいつ微妙なのはガッツ星人ですね。剛力怪獣アロンを使ってセブンの能力を分析し、自ら戦ってセブンを拉致しましたから~ダハハ
それと、怪獣を操る星人は斬新なコスチュームを着た文化的なキャラが多かったように思います。
ただ例外的にフック星人だけはコスチューム着てるのに直接セブンと格闘してましたけど~
帰りマン以降は怪獣を操る宇宙人も巨大化し、怪獣と共闘して戦うことが当たり前になりました。
4.ウルトラマンに登場する宇宙人は直接地球人と会話しない
「ウルトラマン」の宇宙人は、怪獣に比べると圧倒的少数で、バルタン星人、ザラブ星人、ダダ、ケムール人、メフィラス星人、ゼットン星人の6体しか登場しませんでした。
そのうち地球人と直接会話したのはメフィラス星人だけで、他の星人は人に憑依したり、電子頭脳を介して間接的に会話していました。
ゆいいつ、ダダ271号と司令官?が直接日本語で会話してましたが、あれは便宜上アフレコしたのだと考えると、地球人と直接会話できる宇宙人はメフィラス星人だけでしたですね。
ところがセブンになると、ほとんどの宇宙人が流調に地球人と日本語で会話していました。これは進化なのか、それとも演出の簡素化なのか…ウルトラマンと違い毎回知性を持った異なる宇宙人が登場するので演出上仕方ないことだとは思いますが、ヴィラ星人なんか操ってるユシマ博士にわざわざ日本語で命令する必要ないと思いますけど…その点の評価は別れるところだと思いますゥ~
5.ウルトラマンとウルトラセブンはパラレルワールドで共通する部分がない
「ウルトラマン」は前作「ウルトラQ」と共通の世界観で、ラゴンとかケムール人は両方に登場していましたが、セブンはウルトラマンと同じM78星雲からやってきたということ以外、共通するところがありません。登場する怪獣・宇宙人もまったく別モノです。セブンにバルタン星人とか登場してもよかったと思いますが、両者に共通するキャラはありませんでした。ただ幻の第43話「宇宙人15+怪獣35」が実現していたらその世界観は全く違っていたと思います。
めっちゃ豪華なエピソードですが、ウルトラマンとセブンのキャラが混在するエピソードは、実現しなくてよかったと個人的には思っています。ただ獣神ゴードは観てみたかったかも~
ところが「帰ってきたウルトラマン」以降になるとウルトラマンとセブンが登場し、その後ゾフィーまで含めて“ウルトラ6兄弟”なんてことになって、ウルトラの父や母、果てはキングまで登場するとは…第一世代のウルトラファンには想像できなかった想定外の展開でしたですゥ~ダハハ
6.ウルトラマンはハヤタではないが、ウルトラセブンはモロボシダン
竜ヶ森で墜落したハヤタはウルトラマンと合体しますが、意識・思考はウルトラマンで、ハヤタの身体を借りているだけ…ハヤタの人格は最終回ウルトラマンと分離するまで無意識のままでした。
ですから、劇中のハヤタは常に冷静で感情の起伏はほんとありませんでした。
その点は「シン・ウルトラマン」の神永新二でも同じ設定でしたですね。
一方、ウルトラセブンは地球にやってきた恒点観測員340号が、地球人薩摩次郎の勇敢な行動を見て、次郎をモデルにモロボシダンという人格を創造したもので、ダンという地球人はそもそも存在していません。名実ともにセブン=モロボシダンなんですが、もともと科特隊の隊員だったハヤタと違い、第1話で風来坊と名乗って登場したダンが、事件解決後早々にウルトラ警備隊の隊員として採用されたのは、成り行きとしては少々無理があったかも~
風来坊がいきなりウルトラホークを操縦できるというのもなんか唐突ですよねェ~ダハハ
ただウルトラマンに比べてセブンは経験不足なのか若いのか…ときどき地球人の考え方について行けず思い悩むことがありました。
アンヌとの間にも微妙な感情の揺らぎがあるように描かれてましたですね。
その後、帰りマン以降になるとまったく真逆で、地球人の意識が優先されるようになります。
そのため、比較的感情の起伏の激しいウルトラマンが多くなりますね。
帰りマンがキングザウルス三世に敗れた後、郷秀樹が山で修業して流星キックを会得、三世を倒すなんてエピソードはちょっと理解に苦しみましたけど~
郷秀樹はハヤタやダンとは違い、人間臭くてときおり状況に冷静に対処できず、感情に偏った行動が見受けられました。ですからMATの隊員たちと意見が食い違い対立することがあり、いまいちチームワークが悪かったように思いますゥ~ダハハ
そんな感じで初期三作と第二期以降のウルトラシリーズには明快な違いがあると思っています。
初期の作品には、演出と脚本に様式美がありましたですねwww
とはいえ一番顕著な違いがあるのは、怪獣のデザインと造形クオリティだとは思いますが…
こんなことはあえてカキコしなくても、オールドエイジのウルトラファンの皆さんは全員ご存じのことと思いますが、あえて認知症予防のためにおさらいしてみましたwww
何度も同じことを記事にしてること自体、認知症の兆候かもしれませんけど~ダハハ
とくに巨大ヒーローモノというジャンルを確立した「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」にはいくつかの不文律がありました。
1.サブタイトルに怪獣名を使用しない
「ウルトラQ」には「バルンガ」や「海底原人ラゴン」「ガラモンの逆襲」といった怪獣名が入ったサブタイトルが複数ありますが、「ウルトラマン」全39話、「ウルトラセブン」全49話にはまったく存在しません。ただウルトラマンに「ミロガンダの秘密」、セブンに「ノンマルトの使者」という、微妙なサブタイトルが付けられてるエピソードはありましたですけど~

それどころか、劇中で固有名で呼ばれなかった怪獣も多々存在します。たとえばレッドキング…
あれだけメジャーな怪獣なのに、劇中名称で呼ばれたことは一度もなかったと記憶してます。
むしろ固有名詞で呼ばれた怪獣の方が少なかったかも~ほとんどが劇中では名無しでした
平成ウルトラシリーズに登場すると、昔の名前で呼ばれてましたですけど~www
2.ウルトラマンは必ず怪獣1体と対決する
「ウルトラマン」には複数の怪獣の登場するエピソードがいくつかありましたが、ウルトラマンと戦うのは必ず1体だけでした。「怪獣無法地帯」「怪彗星ツイフォン」ではレッドキング、「悪魔がふたたび」ではアボラス、「小さな英雄」ではジェロニモン、「宇宙船救助命令」ではキーラ…
他の怪獣は怪獣どうしの闘争で敗れるか、科特隊の新兵器で退治されました。
ウルトラマンの活動時間を3分に制限されているので、脚本でそうなるようプロットしてるんでしょうね。ただそうすることによってかえって怪獣のアイデンティティが生かされてたと思います。
ウルトラマン対マグラとか…対ギガスとか見てみたかった気もしますけど~www
余談ですが、初期の怪獣たちは動きが擬人化されておらず、動物っぽくて愉快だったですね。
「怪獣無法地帯」でチャンドラーと戦うレッドキングはまさに野獣です

それがだんだん人間っぽい行動パターンに変わってくるのが、子ども心に残念でした…

3.ウルトラセブンで怪獣を操る宇宙人は自らは直接セブンと戦わない
「ウルトラセブン」では怪獣を操る星人は巨大化して直接セブンと戦うことはありませんでした。
シャドウ星人、シャプレー星人、ザンパ星人、ゴース星人…etc
ゆいいつ微妙なのはガッツ星人ですね。剛力怪獣アロンを使ってセブンの能力を分析し、自ら戦ってセブンを拉致しましたから~ダハハ
それと、怪獣を操る星人は斬新なコスチュームを着た文化的なキャラが多かったように思います。
ただ例外的にフック星人だけはコスチューム着てるのに直接セブンと格闘してましたけど~
帰りマン以降は怪獣を操る宇宙人も巨大化し、怪獣と共闘して戦うことが当たり前になりました。
4.ウルトラマンに登場する宇宙人は直接地球人と会話しない
「ウルトラマン」の宇宙人は、怪獣に比べると圧倒的少数で、バルタン星人、ザラブ星人、ダダ、ケムール人、メフィラス星人、ゼットン星人の6体しか登場しませんでした。
そのうち地球人と直接会話したのはメフィラス星人だけで、他の星人は人に憑依したり、電子頭脳を介して間接的に会話していました。
ゆいいつ、ダダ271号と司令官?が直接日本語で会話してましたが、あれは便宜上アフレコしたのだと考えると、地球人と直接会話できる宇宙人はメフィラス星人だけでしたですね。
ところがセブンになると、ほとんどの宇宙人が流調に地球人と日本語で会話していました。これは進化なのか、それとも演出の簡素化なのか…ウルトラマンと違い毎回知性を持った異なる宇宙人が登場するので演出上仕方ないことだとは思いますが、ヴィラ星人なんか操ってるユシマ博士にわざわざ日本語で命令する必要ないと思いますけど…その点の評価は別れるところだと思いますゥ~
5.ウルトラマンとウルトラセブンはパラレルワールドで共通する部分がない
「ウルトラマン」は前作「ウルトラQ」と共通の世界観で、ラゴンとかケムール人は両方に登場していましたが、セブンはウルトラマンと同じM78星雲からやってきたということ以外、共通するところがありません。登場する怪獣・宇宙人もまったく別モノです。セブンにバルタン星人とか登場してもよかったと思いますが、両者に共通するキャラはありませんでした。ただ幻の第43話「宇宙人15+怪獣35」が実現していたらその世界観は全く違っていたと思います。
めっちゃ豪華なエピソードですが、ウルトラマンとセブンのキャラが混在するエピソードは、実現しなくてよかったと個人的には思っています。ただ獣神ゴードは観てみたかったかも~
ところが「帰ってきたウルトラマン」以降になるとウルトラマンとセブンが登場し、その後ゾフィーまで含めて“ウルトラ6兄弟”なんてことになって、ウルトラの父や母、果てはキングまで登場するとは…第一世代のウルトラファンには想像できなかった想定外の展開でしたですゥ~ダハハ
6.ウルトラマンはハヤタではないが、ウルトラセブンはモロボシダン
竜ヶ森で墜落したハヤタはウルトラマンと合体しますが、意識・思考はウルトラマンで、ハヤタの身体を借りているだけ…ハヤタの人格は最終回ウルトラマンと分離するまで無意識のままでした。
ですから、劇中のハヤタは常に冷静で感情の起伏はほんとありませんでした。
その点は「シン・ウルトラマン」の神永新二でも同じ設定でしたですね。
一方、ウルトラセブンは地球にやってきた恒点観測員340号が、地球人薩摩次郎の勇敢な行動を見て、次郎をモデルにモロボシダンという人格を創造したもので、ダンという地球人はそもそも存在していません。名実ともにセブン=モロボシダンなんですが、もともと科特隊の隊員だったハヤタと違い、第1話で風来坊と名乗って登場したダンが、事件解決後早々にウルトラ警備隊の隊員として採用されたのは、成り行きとしては少々無理があったかも~
風来坊がいきなりウルトラホークを操縦できるというのもなんか唐突ですよねェ~ダハハ
ただウルトラマンに比べてセブンは経験不足なのか若いのか…ときどき地球人の考え方について行けず思い悩むことがありました。
アンヌとの間にも微妙な感情の揺らぎがあるように描かれてましたですね。
その後、帰りマン以降になるとまったく真逆で、地球人の意識が優先されるようになります。
そのため、比較的感情の起伏の激しいウルトラマンが多くなりますね。
帰りマンがキングザウルス三世に敗れた後、郷秀樹が山で修業して流星キックを会得、三世を倒すなんてエピソードはちょっと理解に苦しみましたけど~
郷秀樹はハヤタやダンとは違い、人間臭くてときおり状況に冷静に対処できず、感情に偏った行動が見受けられました。ですからMATの隊員たちと意見が食い違い対立することがあり、いまいちチームワークが悪かったように思いますゥ~ダハハ
そんな感じで初期三作と第二期以降のウルトラシリーズには明快な違いがあると思っています。
初期の作品には、演出と脚本に様式美がありましたですねwww
とはいえ一番顕著な違いがあるのは、怪獣のデザインと造形クオリティだとは思いますが…
こんなことはあえてカキコしなくても、オールドエイジのウルトラファンの皆さんは全員ご存じのことと思いますが、あえて認知症予防のためにおさらいしてみましたwww
何度も同じことを記事にしてること自体、認知症の兆候かもしれませんけど~ダハハ

コメント
コメント一覧 (2)
①タイトルに怪獣名が使われない言われてみれば確かに!初マン、セブンのどのサブタイトルも怪獣名は登場せずその事で或る意味大人っぽい感じがしましたね。怪獣の名前も後付けなのも有りましたし。その真逆が初期の仮面ライダー(1号、2号編)で必ずと言って良い程に怪人の名前がサブタイトルに登場してましたね。(以後の作品は知りませんが)
②必ず1体と対決するヒーロー側にも悪役側にも言えますが複数体の登場は画面的には賑やかになるのですがいずれにしても『単独では戦えない(倒せない)の?』と言う弱い演出をしてしまうのですよね。(ゴジラシリーズでもキングコング戦以後はへドラまでずっとハンディキャップマッチに終始してしまうんですよね)
③宇宙人が流暢な日本語で会話これは仕方が無いお話で、かのスターウォーズでも遥か昔の遠い銀河のお話なのにどこの星のエイリアン達も流暢な英語でしゃべってますから(笑)
⑥初マンではハヤタの意思は封印されウルトラマンでしたし、モロボシダンはセブンが薩摩次郎の魂と姿をコピーしただけでセブンでしたからね。帰りマンからは憑依したウルトラマンの意思や考えが封印され主人公「郷」の意思が全面に出ていましたね。でもこれは仕方が無いんです!だって『郷に入っては郷にしたがえ』って諺でも言ってますし(苦笑)以後の事は知りませんがタロウでは地球にやってきたウルトラ兄弟の人間体を東光太郎(タロウ)がBBQでもてなすシーンでダンやハヤタに向かって『兄さんたちは安心して見ててください』って言ってるのですがコレはタロウの意思(言葉)ですよね?
・・・とまぁこう言うネタは揚げ足取りも含めていつまでもお話出来るネタですね。
フクロムシ
が
しました
それは怪獣スーツの完成度にも表れていますね。
あれからもう60年も経っているのに、未だに初期のQ,マン,セブンを超える作品を製作できないのはなぜでしょうかねェ~不思議ですゥ…ダハハ
フクロムシ
が
しました